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雨宮まみ「女子をこじらせて」

雨宮まみさんの文章を積極的には読んでこなかった。自分のような人を狙い打った文章を書く人だと思ってた。こじらせ女子、あーはいはい私のことですね、と。同族嫌悪もあったかもしれない。頑張って目を背けてきたことをつまびらかに文章にされるきつさがあった。

ここ数年、それが変わってきた。読む側の私も変わったのだろうけど、雨宮さんももっといきいきと好きなことを書くことが多くなり、いつの間にか気になる文章を書く人になっていた。特に「40歳がくる!」は、まさに同い年として、40歳を迎えることに対する不安とか心意気とかに頷きまくりながら読んでいて、この人と一緒に歳をとることができるのは心強いぞと思っていた。

今年の夏、江の島でのデイイベントの会場に雨宮さんがいた。お友だちと一緒にきれいに着飾っていて、ものすごく楽しそうにお酒を飲んでて、テキーラのショットを何杯もあけてた。その楽しさは周りに伝播していって、オカダダのDJで笑いながら踊って、見知らぬみんなで乾杯をした。この夏のベスト3に入る楽しかった瞬間だと思う。後日、雨宮さんはお酒に強くないという文章を読んでものすごくびっくりした。

その日の雨宮さんは、白い薄い素材の肩の出るカットソーに黒いインナーを合わせていて、ピンクのふわふわのプーマのサンダルを履いて、タムくんの大きなイラストの入ったクラッチバッグを持って、ラメダリコのシルクのチョーカーを腕に巻いていた。ちょっと奇抜で、でもどれも似合っていてとてもかっこよかった。わたしはものすごくラフな格好だったので、こういうイベントの時はもっとちゃんとおしゃれをするべきだな、それが礼儀だし、その方がイベントをちゃんと楽しめる、と深く反省をした。

それがきっかけで雨宮さんのことがとても好きになり、ちゃんと素直な気持ちで文章を楽しむようになった。そしてこのところの雨宮さんの文章は向かうところ敵なしな勢いがあって、いいぞいいぞと思っていた。

でも、突然いなくなった。

夏の一件以来、雨宮さんの本をちゃんと読んでみよう、と思い、まずは「女子をこじらせて」を書店で見つけたら買おう、と思っていたのだが、なかなか売っているところを発見できなかった。探してるうちに、著者がいなくなってしまった。

これだけずっと探してきて、結局追悼コーナーで見つけることになったらやだな、と思っていたのだけど、結局そうなった。いくつも書店を回ったのに追悼コーナーすらなかなか見つけられなかったから、平台に並べてくれてた本屋さんにはとても感謝してる。

これまでの文章を読む楽しみは辛うじて残っているけど、でも、もっとこれからの雨宮さんの文章を読みたかった。取り残された私は呆然としている。

女子をこじらせて

女子をこじらせて